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![]() | ソメイヨシノ 20110124-084859. 柳沢吉保 延宝8年(1680年) 綱吉が江戸城に入る。館林家臣の保明 小納戸役になる。 元禄元年(1688年)11月12日、将軍親政のために新設の側用人に就任。 この間 1691と2年にケンペルが江戸で綱吉に会見している。 元禄5年(1692) 東大寺 大仏開眼供養元禄7年(1694年)1月7日には石高7万2000石となり、武蔵川越藩主(埼玉県川越市)となる。 同年12月9日には老中となる。 同14年(1701年)11月26日、将軍綱吉の諱の一字を与えられ、吉保と名乗る。 同時に松平の苗字を許された。 ☆15年12月14日(1703年1月30日)赤穂浪士が吉良屋敷討ち入り。「忠臣蔵」のもと宝永元年(1704年)12月 綱吉の後継に甲府徳川家の徳川家宣が決まる。 家宣の後任として甲府藩(山梨県甲府市)15万石の藩主となる。 宝永3年(1706年)1月11日には大老格となる。 宝永6年2月19日(1709年3月29日)、綱吉が薨去。 同年6月3日(7月9日)自ら幕府の役職を辞する。 以後綱吉が53回訪れた六義園(りくぎえん)の造営を行った。 ケンペル1690(元禄3)年に長崎オランダ商館医として来日 旅程地図1691年翌92年の2回、東海道を通り江戸参府、綱吉と会見する。 謁見図1727年 『日本誌』英語版(The History of Japan) ロンドンで出版1729年 フランス語、 オランダ語版も出版された。 1777‐79年には ドイツ語版(Geschichte und Beschreibung von Japan)を出版 これはモーツァルトの時代である。 1791年 「魔笛」 「日本誌」は、当時の日本を総合的にヨーロッパに紹介して、大変な評判を呼び18、19世紀のヨーロッパにおける日本観に決定的な影響を及ぼした。 日本の社会・風俗・政経・自然、植物 が事細かに観察され、ゲーテ、カント、ヴォルテール、モンテスキューらも愛読している。 柳沢吉保のもたらした元禄文化の展開が、江戸 ... 2011年01月24日再生回数 174 |
中尾佐助に関連した本
- 秘境ブータン (岩波現代文庫) 中尾 佐助 岩波書店
- 栽培植物と農耕の起源 (岩波新書 青版 G-103) 中尾 佐助 岩波書店
- 分類の発想―思考のルールをつくる (朝日選書) 中尾 佐助 朝日新聞社
