「小林多喜二」に関連した動画の一覧 |
![]() | 小林多喜二物語 今井正監督の映画 小林多喜二 1974年作品出演 山本圭 中野良子 2010年11月05日再生回数 6401 |
![]() | 「時代を撃て・多喜二」 「時代を撃て・多喜二」より 2011年06月24日再生回数 198 |
![]() | 2010島村輝氏「蟹工船」小林多喜二と志賀直哉の交流を探る講演の一部.wmv 2010年10月30日に、日本聖公会奈良基督教会シオンホールで行われた、島村輝氏(フェリス女学院大学文学部教授)の文学講演会「『蟹工船』小林多喜二と志賀直哉の交流を探る」 の講演録の一部(9分45秒)。 講演では、志賀直哉「小僧の神様」の社会的文化的背景からこれまで語られることのなかった志賀直哉の文学世界を解き明かし、小林多喜二が「小僧の神様」からなにを学び、その代表作「蟹工船」にどう生かしたかを解明た。 また、2010年11月開催の「赤旗まつり」で、小林多喜二「蟹工船」の原稿ノート全ページが公開された大きな意義を語った。 ▼公開された「蟹工船」原稿ノート www.youtube.com 本映像は、その講演の一部である。 ◇ 文学的出発期に志賀直哉に私淑していた小林多喜二(1903-33)は、1931年11月初旬、奈良市上高畑の志賀直哉を訪ねた。 そこまでに文通を始めて約10年を要した。 訪問のきっかけは、1930年5月、『戦旗』の文芸講演で関西を訪問した足で、志賀を訪問する予定だった多喜二が検挙され投獄されたことを知った志賀直哉が差し入れなどに奔走したことをしった小林多喜二が出獄後その作を送り批評を求めた、それに志賀直哉んが応じたことで、プロレタリア文学と白樺派という立場を超えた交流が再開したことにあった。 すでに多喜二は1931年9月の満州事変以後、戦争拡大へと進む情勢のなかで、平和な生活を守り、言論表現の自由・人権を守るため日本共産党に入党していた。 文学の在り方はどうあるべきかを模索していた多喜二は、その解答のひとつを求めて奈良の志賀直哉を訪ねたのだった。 約80年前のこの二人の交流をたどり、その意義を語るべく文学講演会が行われた(発 起 人=日本民主主義文学会 奈良支部、主催同実行委員会)。 これに合わせて、カレイドセステット ... 2010年11月07日再生回数 460 |
![]() | 2012小樽小林多喜国際二シンポ.wmv 各国の「蟹工船」翻訳者などが集まって、作家・小林多喜二(1903~33年)の研究を発表する「2012小樽小林多喜二国際シンポジウム」が2月21から23日の間、多喜二の母校・小樽商科大学(小樽市)で開催された。 記念講演に先立って学長挨拶が行われ、建学の精神が語られた。ノーマ・フィールド(シカゴ大学教授)は、「小樽高商建学の頃は資本主義にとっても良質な可能性を持っていた時代であった」、「蟹工船ブームは格差・貧困・非正規雇用が強く現れる資本主義の破綻進行の下、社会がそれらを無視出来ない段階に達していることを物語る」、と多喜二文学が現代に蘇った意義を強調した。 シンポジウムは、「多喜二の文学の国際性」をテーマに、「多喜二文学翻訳の可能性」として、イタリア・フランス・ノルウェー・スペイン・韓国の若い青年たちが自国の現実を告発する発表で開幕し、多様な視点から熱く語られた。 このシンポジウム開催に尽力された荻野富士夫教授は、商大開学100周年記念事業として、多くの協力を得てこの企画が大成功を収めたこと、多喜二は虐殺され文学史からも抹殺される可能性があったが、歴史はそうは進まなかった。多喜二研究、そしてシンポジウムの歴史もそうした水脈と共に進んでいるとしめくくると、会場は大きな感動の拍手に包まれた。 2012年02月24日再生回数 170 |
![]() | 小林多喜二001.avi 2010年05月30日再生回数 769 |
![]() | 北海道 小林多喜二のお墓への道案内(バス停から墓地入り口まで) 北海道小樽にある、「蟹工船」の作者で有名な、小林多喜二のお墓に行ってきました。観光ガイドの地図等では分かりづらいので、バス停からお墓がある「奥沢墓地」までの道案内としてご利用ください。JR小樽駅前の長崎屋の前から「天神町」行きのバスに乗り「天満宮下」バス停で下車。そこからの動画です。 2009年05月20日再生回数 1064 |
![]() | 小林多喜二と志賀直哉(奈良志賀邸跡)01 ★2010年、島村輝氏(フェリス女学院大学教授)奈良文学講演会「『蟹工船』小林多喜二と志賀直哉の交流を探る」のビデオは以下でごらんください。 www.youtube.com ★2010年、島村輝氏(フェリス女学院大学教授)奈良文学講演会「『蟹工船』小林多喜二と志賀直哉の交流を探る」のビデオは以下でごらんください。 www.youtube.com 2010年03月06日再生回数 366 |
![]() | 小林多喜二の小樽(多喜二文学碑) 2010年03月06日再生回数 169 |
![]() | 北海道 小樽の小林多喜二の住居跡の碑 北海道 小樽にある小林多喜二の住居跡に行ってきました。JR小樽築港駅の改札を出てすぐの場所にあります。残念ながら住居そのものは無く、碑が立っているのみです。 2009年05月20日再生回数 767 |
![]() | 小林多喜二と志賀直哉(奈良志賀邸跡)02 ★文学講演会「『蟹工船』小林多喜二と志賀直哉の交流を探る」★ 1931年11月初旬、小林多喜二は奈良市上高畑の志賀直哉を訪ねました。小林多喜二と志賀直哉には、どのような交流があったのか、奈良に住む我々は非常に深い関心を抱く次第です。 ( 島村輝氏 略歴 )1957年東京生まれ。東京大学文学部卒業・同大学大学院博士課程単位取得退学。現在フェリス女学院大学文学部教授。専門領域は日本近現代文学、芸術表象論。「逗子・葉山九条の会」事務局長。主要業績に『読むための理論』(共著 世織書房 1991年)、『臨界の近代日本文学』(単著 世織書房 1999年)、『「文学」としての小林多喜二』(共編共著 2006年 至文堂)、マンガ『蟹工船 2010年03月06日再生回数 261 |









