「曇鸞」に関連した動画の一覧 |
![]() | 正信偈の意味|本師曇鸞梁天子~焚焼仙経帰楽邦 正信偈の意味を学ぶなら→ www.shinrankai.or.jp 本師曇鸞梁天子常向鸞処菩薩礼三蔵流支授浄教焚焼仙経帰楽邦本師曇鸞は、梁の天子常に鸞の処に向いて「菩薩」と礼したまえり。 三蔵流支、浄教を授けしかば、 仙経を焚焼して楽邦に帰したまいき。 インドの龍樹・天親の二菩薩に続いて、親鸞聖人が七高僧の三番目に挙げておられるのが、今から約1500年前の中国に現れられた、曇鸞大師です。 親鸞聖人のお名前の「鸞」の一字は、曇鸞大師から頂かれたものです。また『正信偈』の中で「本師」の敬称を用いておられるのは、直接の師・法然上人と、曇鸞大師のお二人のみであること、さらに『高僧和讃』(親鸞聖人が七高僧を讃嘆された歌)の数が、34首と最も多いことからも、親鸞聖人がいかに曇鸞大師に敬慕の念を抱いておられたか、知られましょう。 当時の中国においても、その深い仏教の学識と高潔な人徳は、民衆だけでなく、梁国の天子・蕭王も崇敬すること一方ならず、曇鸞大師のおられる方角に向かって朝晩、常に合掌し「鸞菩薩」と礼拝するほどでした。これを親鸞聖人は『正信偈』に、 「本師曇鸞梁天子(本師曇鸞は、梁の天子) 常向鸞処菩薩礼(常に鸞の処に向いて「菩薩」と礼したまえり)」 と仰って、『高僧和讃』にも同じく、 「本師曇鸞大師をば 梁の天子蕭王は おわせしかたにつねにむき 鸞菩薩とぞ礼しける」 と、威徳を讃えておられます。 しかし、梁の天子が敬礼し、親鸞聖人からも仰がれるような偉大な方に曇鸞大師がなられたのは、阿弥陀如来に救われてからのことでした。それまでは、私たちと同じように迷っておられたのです。 紆余曲折の鸞師の半生について解説されました。 親鸞聖人の教えを親鸞会で詳しく学ぶことが出来ます。 → www.shinrankai.or.jp 2012年03月28日再生回数 232 |
![]() | 大谷大学博物館/2011年度夏季企画展「三朝七高僧と真宗聖教」【6/3~8/7】 bit.ly 大谷大学博物館では例年夏季企画展で、仏教文化財を中心とする館蔵の代表的な作品を、順次公開しています。今回はその中から、浄土真宗の宗祖親鸞が、浄土教の祖師として尊崇した三朝七高僧(さんちょうしちこうそう)の著作をはじめとする浄土真宗の聖教(しょうぎょう)を取り上げました。 三朝七高僧とは、インド・中国・日本の7人の高僧で、インドの龍樹菩薩・天親(世親)菩薩、中国の曇鸞大師・道綽禅師・善導大師、日本の源信和尚(恵心僧都)・源空(法然)上人をいいます。 展示では、鎌倉・室町時代に制作された写本・版本の優品を中心に、浄土三部経(『大無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』)、七高僧の著述のうち浄土真宗で重視された著作、そして宗祖の主著『教行信証』などを紹介します。 2011年06月27日再生回数 358 |
![]() | 正信偈の意味|帰命無量寿如来・七高僧の御恩に感謝 正信偈を学ぶなら→www.shinrankai.or.jp 親鸞会で親鸞聖人の書かれた正信偈の意味を詳しく知ることができます。 正信偈には、親鸞聖人が尊敬された七高僧の教えが書かれてあります。 正信偈に親鸞聖人が挙げられている、インド・中国・日本の七人の高僧方を「七高僧」といわれます。どのような方々なのでしょう。 1.龍樹菩薩(龍樹大士出於世) 約1900年前のインドの人。釈迦は経典にその登場と大活躍を予言された。「小釈迦(小さなお釈迦さま)」「八宗の祖師(仏教のあらゆる宗派の祖師)」と尊敬されている。 2.天親菩薩(天親菩薩造論説) 約1700年前のインドの人。親鸞聖人は、お名前の「親」の字を、この方から頂かれた。「千部の論主」といわれ、多くの著作がある。 3.曇鸞大師(本師曇鸞梁天子) 約1500年前、中国の人。親鸞聖人がお名前の「鸞」の字を頂かれた。天親菩薩の『浄土論』を解釈された。親鸞聖人は正信偈に「本師曇鸞」といわれ、非常に尊敬されている。 4.道綽禅師(道綽決聖道難証) 約1400年前、中国の人。仏教を「聖道仏教」「浄土仏教」に分けられ、「聖道仏教では助からぬ。浄土仏教・阿弥陀仏一仏を信じよ」と教えられた。 5.善導大師(善導独明仏正意) 約1300年前、中国の人。中国史上、最も仏教の栄えた唐の時代の人。「大心海化現の善導(極楽浄土から仏さまが姿を変えて現れられた方)」と親鸞聖人は崇めていられる。 6.源信僧都(源信広開一代教) 約1000年前、日本の人。「恵心僧都」ともいわれる。「まず三悪道を離れて人間に生るること、大なるよろこびなり」で始まる『横川法語』は有名。 7.法然上人(源空上人)(本師源空明仏教) 約900年前の日本の人。親鸞聖人の恩師。大変な学者であり、「智慧第一の法然房」「勢至 ... 2011年05月05日再生回数 174 |
![]() | 正信偈の意味|天親菩薩論註解 正信偈の意味を学ぶなら→ www.shinrankai 「天親菩薩論註解」(正信偈) "天親菩薩の論を註解して" この一行は、曇鸞大師の教えられたことを親鸞聖人が正信偈で解説されているところです。 「天親菩薩の論」とは、七高僧の2番目・インドで活躍された天親菩薩の主著『浄土論』のことです。天親菩薩は生涯に沢山の著書を著され、「千部の論主」とも讃えられていますが、中でも有名なのが『浄土論』です。『論』だけでも、天親菩薩の『浄土論』のことを指すほどよく知られ、親鸞聖人もここで「天親菩薩の論」と仰っています。 その『浄土論』に天親菩薩が教えておられることを、みんなにも知ってもらいたいと、曇鸞大師は『浄土論』を解説して『浄土論註』という書物を著されました。これを、 「天親菩薩の論を註解して」 と言われているのです。 この『浄土論註』もまた有名で、聖人は『教行信証』に「『論註』にいわく」と、多く引用されています。 2012年03月28日再生回数 223 |
![]() | 大谷大学生涯学習講座/2008年度前期開放セミナー/大乗の仏弟子-天親- http://www.otani.ac.jp/syakaijin/syakaijin/syougai_g/index.html www.otani.ac.jp 仏教がインドで生まれ中国を経て日本に伝わり、さらなる展開を遂げていく様子を学ぶものです。親鸞の思想における七高僧(龍樹・天親・曇鸞・道綽・善導・源信・法然)や聖徳太子は、とんな人たちだったのでしょうか? 本講座では、釈尊滅後900年、北インドに生まれた天親菩薩は、釈尊の教えを正しく聞くことをみずからの学びの課題とした方でした。唯識教学によって、如来の教えを正しく聞く根拠をアーラヤ識において確かめ、そのあり方を「聞熏習(もんくんじゅう)」として明らかにしました。また『無量寿経』の伝統に深く帰依し、『浄土論』を著わして、釈尊なき世を仏弟子として生きるための「願生」の仏道を確立しました。天親の生涯と思想を学びながら、親鸞との関わりについても皆さんとともに考えていきたいと思います。 2008年05月30日再生回数 2128 |
![]() | 净空老法師:儒釋道學說講座~十善業道經(第二集) 51/64 净空老法師-儒釋道學說講座~十善業道經(第二集) 51/64 ~馬來西亞金馬皇宮酒店影片字幕: 所以,你的受用、你的果報都從你自己心想生,你為什麼不想善,你去想不善?有人說現在這個世界,你六根所接觸的,全都是不善,魔控制了這個世界。這個話不是我說的,南北朝時代曇鸞法師說的,曇鸞法師專修淨土的,是淨宗的大德,但是他沒有被選上祖師,我們覺得很冤枉。 他註《往生論》,在《往生論》裡面告訴我們末法時期,現在是末法了,這就他的預言,他說在那個時代羅剎為君,這個君就是各個行業的領導人,不是阿修羅,就是羅剎。他教的什麼?他教人搞貪瞋痴慢,教人搞競爭,教人把名聞利養擺在第一。人生在世界上幹什麼?是追求名聞利養的,拿這個當作目標。我們明白自己要知道如何保護自己,如何不受外面境界的干擾,你要懂得沒有妨礙。羅剎為君,阿修羅為王,都沒有關係,我們還是過著幸福美滿的人生,不是過不到。他這些東西多,讓你六根接觸的都會有副作用,我六根不接觸就是了,我可以不接觸。電視這個東西好不好?現在幾乎是人生必須要的東西了,家家都有!我們方老師說那是魔王,李老師也告訴我們,這個東西不是好東西。你家裡擺上這個大魔王在裡頭,你要叫你家裡得平安、得幸福,可難!那怎麼防範?不要就好了,你不要你就不受它干擾。 回向偈、回向文: 願生西方淨土中,九品蓮花為父母。花開見佛悟無生,不退菩薩為伴侶。 願以此功德。莊嚴佛淨土。上報四重恩。下濟三途苦。 若有見聞者。悉發菩提心。盡此一報身。同生極樂國。 願以此功德,迴向盡虛空遍法界眾生,盡此一報身,同生極樂國。 願以此功德,普及於一切。眾生與我等,皆共成佛道。 愿以此功德消除宿现业增长诸福慧圆成胜善根所有刀兵劫及与饥馑等悉皆尽消除人各习礼让读诵受持人展转流通者现眷咸安乐先亡获超升风雨常调顺人民悉康宁法界诸含识 ... 2011年12月07日再生回数 7 |
![]() | 正信偈の意味|惑染凡夫信心発 正信偈のことなら→ www.shinrankai.or.jp 曇鸞大師の教えられたことを、親鸞聖人が『正信偈』に明らかにされているお言葉です。 「惑染」の「惑」とは、「煩悩」のことです。 「染」とは、「染まっている」ということです。 「惑染」とは、「煩悩に染まっている」ということで、煩悩以外に何もない、煩悩に目鼻をつけたようなものが人間である、ということです。仏教で「人間」のことを「凡夫」といわれるので、これを親鸞聖人は『正信偈』に、 「惑染の凡夫」 と言われているのです。 また「煩悩具足の凡夫」とも言われます。 「具足」とは、「それによってできている」。 煩悩でできているのが人間である、ということです。 「信心発(信心がおきれば)」とは、「阿弥陀仏に救われたならば」ということですから、 「惑染凡夫信心発」 の一行は、 「煩悩のかたまりである我々凡夫が、阿弥陀仏に救われたならば、どうなるか」 ということです。 親鸞会では、『正信偈』の意味を学べる講座を各地で開催しています。 詳しくは、こちらをごらんください。 www.shinrankai.or.jp 2012年04月10日再生回数 201 |
![]() | 淨空法師:以智慧清淨業莊嚴佛事 「曇鸞大師《論註》曰」,《往生論》註解裡說,「從菩薩智慧清淨業起,莊嚴佛事。依法性入清淨相。是法不顛倒,不虛偽,名為真實功德。」下面黃念老給我們解釋這一段,「曇鸞大師和盤托出如來秘藏」,真難得,「蓋謂菩薩依於法性之實際,入於清淨智慧。」這是解釋什麼?從菩薩智慧清淨業起,說這一句。 我們要想建立一個如法、正法道場,發起的這幾個人要不是用智慧清淨業,這個道場建好之後就有麻煩,為什麼?爭名逐利。這就是古大德所說的,建立道場的時候,人人都是菩薩,出錢出力歡歡喜喜。建成之後人人都是羅剎,為什麼?爭執了。 我見過,所以一生不敢建道場。早年我還在李老師會下,出家了,接受外面邀請,邀請都是老師同意的,向老師報告。在一個女眾道場給她們講經,我是講完的時候回到台中休息,好像一個星期有二、三次。有一次去了,裡面出家眾吵架,我打聽什麼原因吵架?建廟的時候,這個老比丘尼這批徒弟到處化緣,把這個道場建成了。那個化緣化得多的,她說她要做當家,次一個她說我要做寺院裡的知客,爭這個地位,老和尚擺不平,鬧得天翻地覆。真是在廟沒建成的時候,歡歡喜喜大家合作,我化了多少,你化了多少,歡喜,廟一建成之後爭名奪利。我把這個事情向李老師報告,老師說:別去了。我說:經沒講完。「沒關係」。我就沒有去了,老師年歲大看得很多,他就告訴我,「難,真不容易。」 古時候那些道場都不是化緣建立的,最早的道場國家建立的,那沒有話說。你看那中國大陸的寺廟匾額上寫個敕建,就是皇帝下命令國家建的。還有些是大富長者他們年老的時候,把他們自己的住宅、別墅花園捐出來做道場,一個人供養。道場的經濟來源怎麼辦?這些護法們買土地、買山林贈送給道場,道場拿這些租給農民去耕種,收租,所以他的生活是穩定的。他不依靠別人供養,他給農夫耕種,跟農夫分,就是收租 ... 2011年06月03日再生回数 128 |
![]() | 自性所現的萬法怎麼不是自己? 「曇鸞大師云:相好莊嚴即法身。是畫龍點睛之筆。」法身在哪裡?遍法界虛空界萬事萬法就是法身。誰的法身?自己的法身。所以遍法界虛空界跟自己是一體。你什麼時候認識了,什麼時候肯定了,恭喜你,你是法身菩薩了,你得清淨心,你得到真智慧。為什麼?你知道遍法界虛空界是自心變現出來的,《華嚴經》上講「唯心所現」,是你自己的心所現的。就是惠能大師講的,「何期自性,能生萬法」。能大師所講的自性,就是賢首國師所說的「自性清淨圓明體」。能生萬法,萬法是自性所生的,自性是自己,自性所現的萬法怎麼不是自己?這個東西就像人作夢一樣,我們都有作夢的經驗,夢從哪裡來的?科學家告訴我們,在我們內心深處潛意識變現出來的。在大乘佛法裡面講,阿賴耶裡面落謝的種子,睡眠的時候我們無法控制,它起現行。不管哪一種說法,總而言之,都是你自己變現的,夢不是從外頭來的,都是自己變現的。夢中境界完全是自己!夢中有自己,也夢到許多人,那許多人還不是自己自心變現的嗎?全心變成夢境,全境就是一個作夢的心,心境一如,心境不二。所以在夢中如果真的覺悟到我在作夢,統統都是我自己變現的,離開自己作夢那個心,就沒有夢境可得。我們現前就是在作夢,現前十法界、六道全是我們自己心變現的。可是變現的,就像作夢一樣,只認識這個身是自己,其他都不是我自己,這就錯了。覺悟的人、明白的人知道,這是我自己,其他統統都是我自己。你證得一法身,遍法界虛空界是一法身,世出世間都在裡頭,沒有例外的。出世間是諸佛如來的報土,華藏、極樂,密宗裡面講的密嚴。迷的境界就是十法界,叫依正莊嚴,統統是一法身。 文摘恭錄—淨土大經解演義(第三二五集)2011/3/15 檔名:02-039-0325 2012年02月20日再生回数 167 |
![]() | 正信偈の意味|道俗時衆共同心 唯可信斯高僧説 親鸞聖人の教えがわかるサイトはこちら www.shinrankai.or.jp 親鸞聖人が『正信偈』を書かれた目的は、何であったのでしょうか。 親鸞聖人ご自身が、『正信偈』の最後に仰っています。 「道俗時衆共同心......道・俗・時衆、共に同心に 唯可信斯高僧説......唯斯の高僧の説を信ずべし「道」は僧侶、「俗」は在家の人、「時衆」はその時々ご縁があって集まった人たちのことですから、「道俗時衆」で「すべての人」のこと。この中に入らない人は一人もありません。私も、あなたも。 「すべての人よ。親鸞と同じ心になってもらいたい。親鸞と共に同じ幸せな身になってくれよ」 このほかに、親鸞聖人が『正信偈』を書かれた目的は何もなかったのです。 "どうすれば、親鸞と同じ幸せになってもらえるか。何を、どう書けば、皆をこの素晴らしい世界まで導くことができるのか。ああも書いたらいいか、こう記せば分かってもらえるか" 親鸞聖人の果てしなき悩み、一字一涙のご苦労が、120行の『正信偈』となったのです。 では、親鸞聖人と同じ幸せな心に救われるには、どうすればよいのか。私たちが当然知りたくなることを、親鸞聖人は最後に、 「唯可信斯高僧説」 "ただ、この高僧の説を信ずるほかにないのだよ" と結ばれています。 「斯の高僧」とは、阿弥陀仏の救いを正しく伝えてくだされた、インド・中国・日本の高僧方のことです。すなわち、インドの龍樹菩薩・天親菩薩、中国では曇鸞大師・道綽禅師・善導大師、それから仏教は日本に伝わり源信僧都、そして法然上人です。 「これら七高僧の教えを、信じてくれよ」 と親鸞聖人は勧めておられるのですが、七高僧の教えといいましても、「阿弥陀仏の本願」以外にはありません。ですから、 「唯、斯の高僧の説を信ずべし」 とは、 「ただ阿弥陀仏の本願を聞信 ... 2011年07月01日再生回数 2092 |
曇鸞に関連した本
- 曇鸞浄土教形成論 石川 琢道 法藏館
- 曇鸞の世界―往生論註の基礎的研究 論註研究会 永田文昌堂
- 龍樹と曇鸞―浄土論註研究序説 (1982年) 西山 邦彦 法蔵館









