「源信 (僧侶)」に関連した動画の一覧 |
![]() | 正信偈の意味|道俗時衆共同心 唯可信斯高僧説 親鸞聖人の教えがわかるサイトはこちら www.shinrankai.or.jp 親鸞聖人が『正信偈』を書かれた目的は、何であったのでしょうか。 親鸞聖人ご自身が、『正信偈』の最後に仰っています。 「道俗時衆共同心......道・俗・時衆、共に同心に 唯可信斯高僧説......唯斯の高僧の説を信ずべし「道」は僧侶、「俗」は在家の人、「時衆」はその時々ご縁があって集まった人たちのことですから、「道俗時衆」で「すべての人」のこと。この中に入らない人は一人もありません。私も、あなたも。 「すべての人よ。親鸞と同じ心になってもらいたい。親鸞と共に同じ幸せな身になってくれよ」 このほかに、親鸞聖人が『正信偈』を書かれた目的は何もなかったのです。 "どうすれば、親鸞と同じ幸せになってもらえるか。何を、どう書けば、皆をこの素晴らしい世界まで導くことができるのか。ああも書いたらいいか、こう記せば分かってもらえるか" 親鸞聖人の果てしなき悩み、一字一涙のご苦労が、120行の『正信偈』となったのです。 では、親鸞聖人と同じ幸せな心に救われるには、どうすればよいのか。私たちが当然知りたくなることを、親鸞聖人は最後に、 「唯可信斯高僧説」 "ただ、この高僧の説を信ずるほかにないのだよ" と結ばれています。 「斯の高僧」とは、阿弥陀仏の救いを正しく伝えてくだされた、インド・中国・日本の高僧方のことです。すなわち、インドの龍樹菩薩・天親菩薩、中国では曇鸞大師・道綽禅師・善導大師、それから仏教は日本に伝わり源信僧都、そして法然上人です。 「これら七高僧の教えを、信じてくれよ」 と親鸞聖人は勧めておられるのですが、七高僧の教えといいましても、「阿弥陀仏の本願」以外にはありません。ですから、 「唯、斯の高僧の説を信ずべし」 とは、 「ただ阿弥陀仏の本願を聞信 ... 2011年07月01日再生回数 2092 |
![]() | 當麻寺練供養.mpg 當麻寺の練供養は、源信・寛印によって寛弘2年(1005)に始められました。中将姫がこの當麻寺で現身のまま往生されたという伝承を再現して演じるのがこの練供養です。本堂(曼荼羅堂)から娑婆堂に架けれた100m程の来迎橋を、僧が娑婆堂に赴き、中将姫の像に勤行。後、面を被って装束に身をかためた二十五菩薩が娑婆堂に赴く。そのあと観音菩薩(すくい仏)、勢至菩薩(おがみ仏)、普賢菩薩と続く。帰りは観音菩薩を先頭に、蓮座に中将姫像を載せ、練りながら入堂します。 2011年06月01日再生回数 394 |
源信 (僧侶)に関連した本
- 名僧列伝(三) (講談社学術文庫) 紀野 一義 講談社
- 呼応の教学 七高僧と親鸞 花井 性寛 白馬社

